前回、好評だったアナリーゼ(楽曲解説)の愉しみ、今回は、ベートーヴェンです。
なぜベートーヴェンを選んだのか、吉井さんのベートーヴェンとの想い出から会はスタートしました。
<私のベートーヴェン体験>
まず、私が8才の時のこと。母が分厚い音楽辞典を買ってくれました。その背表紙に「音楽こそは、あらゆる叡智や哲学よりも高い啓示だ。L・v・ベートーヴェン」と、金色で書いてあります。子供のことで、この意味はさっぱり分からないのですが、本物の宝物を持っているような、まぶしい気持ちであったのを覚えています。これが、ベートーヴェンを意識した初めです。
11年にわたるミュンヘン滞在の7年目、作品106「ハンマークラヴィーアの為の大ソナタ」と名付けられたベートーヴェンの作品に取りかかっていました。演奏時間50分もかかる巨大なそのソナタから見つけたのは、大きな温かさでした。それから少し経ったある日…ドイツの森で私はベートーヴェンに会ったと思っているのです。森の中のちょっと開けた陽だまりになっている所に入って行ったら、なぜかベートーヴェンがそこに居ると感じたのです。ポカポカ温まった一角にベートーヴェンとしばらく一緒に居たと感じた、温かく幸福な時間でした。
もう一つ、ドイツでの体験です。往年の名テノール歌手エルンスト・ヘフリガー。その当時、ミュンヘン音楽大学の教授でいらっしゃいました。そのヘフリガー先生のレッスンを受ける生徒の為にピアノ伴奏をしていた時、曲はベートーヴェンの「遥かなる恋人に」でしたが、先生がある箇所を歌い始めたのですかさず一緒に弾きました。その時の事は忘れません。そこにあったのは厳しい音楽でした。甘さも髪の毛一筋の揺らぎも許さない厳格な音楽がヒタッヒタッと迫って来て、その厳しさの中にしか生じ得ない美しさ、遥かなる恋人の真実があって、これがベートーヴェンの音楽だ!と雷に打たれたような瞬間でした。
吉井さんの人柄を感じさせる、吉井さんとベートーヴェンとの素敵なエピソードでした。
吉井さんとベートーヴェンとの出会いの話で、すっかり心地よい空間ができたところで、いよいよ「音階」や「音程」、「和音」の解説です。
前回のおさらいになる部分もありましたが、始めての方には良かったのではないでしょうか。
例えばこんなふうに・・・
音には引力がある、シはドに行きたい、ファはミに行きたい。
和音の動きで、ここで終わったら気持ち悪い。この気持ちをどうしたらいいのか・・・
やっぱり、この和音の次はこれで終わって欲しい・・・
文字ではなかなか説明しにくいのですが、実際にピアノで奏でた和音を聞いていると、わかるわかる!!
人間の音に対する不思議な感覚・・・
続いては「形式」についての説明です。
素敵なことに、高村光太郎の詩「冬が来た」を引き合いに出し、ここにも形式美があると解説。
この場合の形式は a a' b a' 、A=a a'、B=b a''。
形式には1部形式、2部形式、3部形式・・・などいろいろあって、形式は「反復」と「対比」から構成されていると、いくつか小曲を紹介(演奏)しながら形式を説明。
だれもが知っている「ちょうちょ」の場合、最初の「ちょうちょ、ちょうちょ、菜の葉に、とまれ」が a
「次が」a'、そしてb、最後がa' ・・・ですから、A=a a'、B=b a' で、AとBのふたつから成るので2部形式です。
ショパンの「子犬のワルツ」は3部形式(A、B、A)
エリーゼのためにはロンド形式(A、B、A、C、A)
さらにソナタ形式は提示部、展開部、再現部の3部からなるそうです。
いよいよベートーヴェンのピアノソナタ「テレーゼ」の楽曲解説です。まずは、楽譜を解説。
ここでテレーゼが登場してくる。ここのリズムがテレーゼの活発性を表現している・・・
こんなふうに解説していただくと、曲を聴く楽しみが何倍にも広がります。
「テレーゼ」の後には、形式のない曲として「幻想曲Op.77」の紹介がありました。
吉井さんはこの曲を、「計画をたてない旅のよう」と表現し、形式をもたないがゆえに生まれた深い思索からスタートしていると解説。
そして、この2曲を、「まるで兄弟星のよう」
「幻想曲の中にテレーゼを、あたかも隠し絵のようにあてはめ、それをベートーヴェンが密かに楽しんでいたのではないか」と吉井さん・・・吉井ワールド全開です。
最後は、いよいよ吉井さんの演奏でした。
第一楽章だけでしたが、さすがの演奏に皆さん、圧倒されました。
アンコールにも応えて「エリーゼのために」を快く演奏してくださって、皆さま、大満足で
会を終了しました。
吉井さん、参加の皆さま、ありがとうございました。
■ プレゼンター : 吉井 美由紀
■ 開催場所 : アートフォーラムあざみ野(男女共同参画センター横浜北)